1月23日(水)留学5日目「決意の日」

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朝、6:30起床。昨晩はよく眠れず、足の裏を蚊が刺すのでかゆくて目が覚める。そして、午前5時にたぶんmomが庭を掃く音で何度も目を覚ます。そういえば昨晩は寝てから轟音がしたので起きたら0時前に飛行機が庭の向こうに着陸するのが見えた。そうそう、ここはフィジーのナンディ空港のすぐ近く。滑走路から離れているものの、滑走路入り口にすごく近いので、窓からは着陸寸前の飛行機が通り過ぎるのがよくわかる。
朝食はモロヘイヤのような辛めで粘着質の菜とロッティ。甘い紅茶付き。リビングで食べようと行ったら、dadと息子さんがいたのでよかったが、座って食べ始めたところで2人とも食べ終えて移動してしまった。そうしている間にmomはご出勤。「行ってきます」は無し。というか「行ってきます」に変わる英語は無いらしいが。
7時に家を出る。歩きながら、現地のオリエンでYumaさんが話していた独り言英語をする。頭に思い浮かぶこと、目の前に見えることを次々と英語にして話す。通り過ぎるフィジー人にはたまに「ブラ!」とあいさつをされるので負けじと「ブラ!」と応える。
7:15にはホールにつき、ネット。日記を更新し、メールをチェック。ホールには今日は一番乗りで、ネットも比較的早い。
昨晩の宿題だけでは文章の意味がわからず、教室でみほに聞いてみたら彼女もイメージつかなかったそうだ。みほの英語はアメリカやオーストラリア仕込みでリアリティがあって、発音も聞きやすく、結構ネイティブの言い回しに近いような気がする。さすが。で、最初のTiki先生のスムースな発音に喜びつつも、昨晩読み取れなかったインドでのDinnerパーティの読解をする。先生に読んで、意味やら文脈を解説してもらってようやく概要がわかる。Grammerのクラスでは、進行形のいろんな形を判別。高校の授業みたいだ。目の前に座るMasakoは同じ年。カミングアウトされるまで年下と思っていたので驚き。親近感が一気に沸く。Grammerのクラスでも一緒に問題を解いて、意見交換。語彙がたっぷりあるので辞書をあまりひかずに考えられるところがうらやましい。9歳の息子さんとフィジーに来ていて、息子さんは隣接する小学校。以前、アメリカンスクールにも行っていたらしく、英語には問題ようだ。いいなあ。
休み時間、いっしょのクラスだったTomoと2階から中庭を眺めつつ、「I don't know most of them」といい、納得。生徒はいっぱいいるけれど、知っているひとはごくわずかしかいない。20代後半のTomoは童顔を自分で認めつつ、常にポジティブ。ひらめきというか、たぶん頭の回転が早い。気軽に話せる一人。
Sai先生のMorning talkのテーマは、なんだったっけか。席順は思い出せても内容を思い出せない。なんだったっけかな。まあ、いいか。
昼食はアイスコーヒーのみ。昨日に引き続き、昼はあまり食欲が無い。ただし、コーラを飲みたくなり、コカコーラゼロを買ってしまう。昼休みはネットでメールチェックやHPチェック。いっしょにいったたくちゃんがmixiのコミュニティで書いていたひとだとわかり、ちょっと感動。でもどんな内容を書いていたのかは忘れた。名前は知らないけど、オリエン最中に蛙の折り紙をして、悩んでいた静岡の田舎出身のひとに折り紙の本を貸す。そして、昼食の間、なんども空港のFBI事務所に電話するも常にBusy。Busyなのかどうかも怪しくなってきたので、まわりの先生に「これはBusyってことか?」と聞いたら「そうだ」というのでその後も何度もかけ直す。フィジーはまだケータイの電波が安定していないので、混線やらつなぎづらい時間帯もあるそうだ。
昼飯のあと、Communicational FunctionではSai先生によるテーマ「Culture and Tradition」。1人ずつ、前に出てきて日本の文化やらを話す。自分は「日本人のコミュニケーション」として、本音と建て前、察してもらう文化を話した。結構勢いつければ長いこと話せるもんだ。思えばフィジーに来て5日目だけれど、英語を話す機会は日本にいたときの数百倍のような気がする。英語を話さなければいけないようにしておくと、頭の中が英語しか無いような状況になって「日本語→英語」の訳しながらの作業をしている間が無く、脳から直接英語になって、それを音声化すればいいようになる。場所が英語圏ならばどこでもおそらくはこの脳の作り方はできると思う。そうした意味では格安のフィジーに来てよかたよかた。ただし、明日のテーマが「Nuclear testing(核実験)」なので隣の席のTomomiと見合わせて苦笑い。Tomomiは明治大学出身。出身大学として予想していた1つが当たったくらい特徴がある。しかも文房具にMeiji Universityの刻印がしてあってかなり明大に魂が入っている。自己紹介では自分をネガティブやらファニーではないと言っていたが、それを自分から言い出すことこそがファニーだと思う。しかもあまりにSai先生の発音が聞き取れないのか、授業中に寝てしまうし。おもしろい。
放課後、毎週水曜日は授業変更のお願いを出せるタイミング。Tiki先生はよいが、Sai先生の授業ではほとんど話す機会が無いので、変更の相談を願い出る。1人ひとりコンサルティングしながら変更許可か不許可が下される。先にTomomiが相談し、Sai先生の授業が理解できないことを正直に話して、1つ上のビジネスクラスにしてもらっていた。同じように自分も理解しづらいことを申し出て、「あなたはビジネスマンなんだからビジネス英語にしなさいな」と言われて変更許可もらう。レベルダウンする考えもあるが、Tomomiが言うに、ビジネスクラスの先生は発音がキレイで気に入っているのと、レベルダウンしたときの先生が同じように理解に苦しむようだったら同じことだというので参考にしつつ、ビジネスクラスに変更。コンサルを受けたり、ナンディ空港のFBI事務所に電話している間、このパソコンはAiにレンタル。PCを持ってきていないひとにとってはネットカフェに行かねばならず、学校で使えるのはうれしいみたい。Aiはちょっと天然ぽい女の子。蚊取り線香をMHマーケットで勢い30巻買って、蚊対策ばっちりにしたのにホームステイ先のmomが蚊取り線香アレルギーでまったく使えず、そして家族にはヒンディー語ばかり話されて、リビングでも放っておかれ、体育座りでヒンディー語のテレビをひたすら見なくてはいけない毎日らしい。ナンはいいが、家で出されるライスはダメという、悲劇が続いている。
コンサルが終わり、バスで空港に向かう。学校近くのバス停でバスを待とうとすると韓国からの留学生の一団。まだ名前を聞けていないが、クラス分けテストの日、めぐを送って帰る途中に出会った韓国のひとがいた。彼は日本語もちょっと話せるが英語で話す。学校では落ち着いて話せないのだけれど、初めて会った日は寮に入った初日で心細くてしょうがないときだったらしい。とても感謝された。ケータイとメールアドレスを聞かれたので書き、こちらからも聞こうとしたらバスが来たのでまた明日、ということに。バスのお兄ちゃんは日本でいうと安岡力也(古いけど)にそっくり。1ドルコインを見せて、「Enough?」と聞くと「どこまで?」と聞かれたので「エアポート!」と答えたら丁寧におつりをくれた。フィジーに来て、肌が黒くて目つきもするどいひとが多いので、日本人の感覚からすると怖いイメージを持ちがちだが、この数日出会った強面のひとはたいてい優しい。タクシーでも街中でも、英語でちゃんと話すと丁寧に答えてくれるし、道を聞けば親切に教えてくれる。バスでは空港で降りる場所がわからなかったので、隣のおばちゃんに聞いて降りるタイミングを教えてもらった。
空港では先にTomomiやAiが来ていて、留学期間の短縮を申請していた。Yumaさんと相談する予定だったけれど、アポも取っていないので相談できないかと思っていたら安永さんが来てくれて実情を話した。そう、ホームステイからホテルに移るのでR。安永さんもたぶんこのような相談には慣れていると思うが、話を真剣に聞いてくれて納得してくれた。なにしろこの数日の英語話す機会が無い環境はフィジーに来た目的を朽ちらせてしまう。今ここでホームステイをしていても英語を話す機会は増えない。他の家ならよかったけれど。なので、昨晩のうちに学校近辺の宿を探していたらドミトリーでそこそこ安く、安全で、キレイなところがあったので移ることを申し出る。安永さんは常に笑顔で話を聞いてくれて、学生の気持ちと考え、想いをすべて吸収して解決してくれるかた。新卒で入り3年目だそうだけれど、社会人歴3年目には見えないベテランぽい。おそらくは帰国子女なんだろな。本当の学生のときに英語脳が身についていると考え方も欧米化できるので、社会人になったときにその力はとても発揮できるような気がする。
Tomomiも同じタイミングで相談し終わったので一緒にバス停へ。彼女とはクラスが一緒だから常に英語で話していて、このときおそらく初めて日本語で話すのを聞いた。日本語でもかなりファニーだと思う。バス停で待つ間に、Aiともう一人の女の子も合流。4人でバスに乗る。
スカイロッジに予約に行く。ここのドミトリーが適正価格で自分にぴったり。バスから降りるところがわからないので、向かいに座るインド人のサラリーマンに聞くと「ここで降りて坂を下るんだよ」と言われる。ちょうどバス停で止まっていたので急いで荷物を取って降りる。降りるとすぐに発車するバスの窓ではさっきのサラリーマンが「向こう、向こう」と指を指してくれていたので「ありがとう」と両手を合わせて感謝のポーズ。雨も降っているので走ってスカイロッジへ。正門から入るとコテージばかりが目につく。向こうから歩いてくる白人の女性に「フロントはどこ?」と聞くがわからないようだった。フロントは和製英語だったっけ?なので「オフィスはどこ?」と聞いたら「2分くらい歩いたところよ」と言う。英語が話せてわかるってすばらしい。走ったので1分くらいでフロントに着く。明日からドミトリーを借りたいと話して、6人部屋の予約を取る。部屋を見せてもらおうとしたが、使用中だから見せられないそうだ。「とびっきりでかいスーツケースがあるけど入る?」と聞いたら「とびっきりでかいロッカーがあるのでだいじょぶ」と答えてくれた。やや笑顔で。タクシーを呼んでもらい、カプリコーンホテル前に近い、ZahoorRd.入り口に向かってもらう。かなり神風に近い運転でちょっと揺られた。ZahoorRdの入り口からちょっと入ったところまで車を入れてくれて、約束通りF$4支払う。Uターンしてくるので、「ありがとう」と手を挙げる。
家に着く。誰かいるけど、「I'm home」に答えてくれる声は無し。そしてさっそく荷造り。荷造り中、2歳の男の子が部屋に初めて入ってきて、「こっちこっち」と連れて行った先はやっぱりヘリコプターのラジコン。「アルト、アルト」「ウパ、ウパ」としきりに言うけれど、dadが「だめだ!」とヒンディー語でいうので自分も「NoNo」といい、きょうは高い高いは無し。というか、もうできないのか。
引き続き、荷造り。すると、リビングからは英語のテレビ番組や英語の話し声が聞こえる。自分が英語に接する機会が無いと苦情を言った今日だから、FBIの事務所は直接電話をして、今回の移動の話をすでにしたのかと思い、だとしたら行動の変化がおもしろい。
夕飯は魚のフライを添えたカレー。キッチンでカレーをもらう際に、momに明日の朝荷物をもって移動することになった、と話した。眉間にしわを寄せている顔はそのまま、「で、いつ戻るの?」というので「戻らない」と返し、「ここが気に入らないの?」と思った通りの反応なので「いやいやいや、そんなことはまったくないよ」と答えた。とにかく「たくさんのひとと何度も英語を話す機会が持ちたい。自分には3週間という短い期間しかない。急がなきゃ」てなことを話して納得してもらう。決意を持っていたから、話すのはなにも問題ないが、夕飯はとてもビミョウな味になった。最後のカレーということになる。
その後、シャワーを浴び、また荷造りをしていると部屋にmomが入ってくる。「どうしても?」というので「短期間だからやむを得ない。長期間だったらなあ」と回答。さっきも「今晩ブランケットはいらない?」とかと急に優しくなる。特に寒くないので「今、日本は冬だから、自分的には暑いくらいだよ」と答えた。うーん、最初からこうだったらいいんだけれど。でもやっぱり笑顔は見れず。
さて、そろそろ今晩も寝ます。でも寝れなさそう。日本から持ってきた小説が数冊あるが、ぜんぜん読んでいなかった。読んで眠気を誘おうか。
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写真は毎晩夜になると現れていたヤモリ。上っては一時停止。下っては一時停止。忙しいような、暇なような。

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