1月25日(金)留学7日目「楽しすぎる」

| コメント(0) | トラックバック(0)

夜中に何度も起きてしまう。エアコンの効いている部屋で寝るのに慣れていないので寒い感じがして起きてしまう(のだと思う)。昨日寝ていた2人は欧米人でともに女性だった。隣の欧米人は朝早く、6時前に部屋を出て行った。7時前には出発したいと思っていたが、起床がちょうどその女性と一緒になってかわりばんこにトイレに行くのでなかなか進まない。でも怪しまれることもなく、2人とも旅立ち。そしてそれを追うようにして出発。
学校には歩きで5分くらい。ちょう近くなった。そして、学校に着くとまだ開いていなくって、Tiki先生やSai先生らが中庭でくっちゃべっていた。Tikiには「新しいところはどう?」と聞かれたので授業のことかと思いきや、新しい滞在先スカイロッジのことだった。特に問題も無いので「soso」とか答えた、と思う。そのうち、1人ひとり中庭に増えていって、それでも開かないので中庭の机でメールチェック。東京は最高気温が1度らしい。寒すぎだと思う。ドアが開いたみたいでちょっとずつひとも減ったのでホールへ。ホールでつなぐとダウンロードも心なしか早い気がする。でも22メガのデータを送ってもらったのに、ぜっんぜんダウンロードできないのがつらい。結構大切な仕事のデータなんだけれど。
授業の前に、入り口の上をみると蟻の行列が。ドアノブにかけていたゴミの糖分をめがけて蟻が這っていた(この見事な光景はハンディカムで撮影しておいたのでのちほどアップ予定)。授業はTESCOのカンパニープロファイルをみんなで考え、Hiroshiが書く。Hiroshiは頭がおにぎりみたいで、本当におにぎりと呼ばれていて、目がよく線になる男なのにかわいい21歳。書くのがvery slowlyなので隣に座るMakoがいよいよお姉さんとしてしつけに入った。Makoはビール会社を辞めて長期留学をする女の子。Makoの発音はキレイで聞きやすい。そしてブートキャンプをフィジーで毎日がんばっている。どこかであったことがあるような顔をしている。Kyo-chanは見た目、Hiroshiと同じ年かと思っていたら実は18歳だときょう知った。でもあまり18歳には見えない。入学直後から通り過ぎるときにあいさつをしてくれていて、とても和ませてくれる。そしてKay。Kayは韓国人で、もうほとんどネイティブなんじゃないかと思うほど英語が早いし上手い。Ice breakerとして最初に発言をしてくれる。
休み時間にMihoを探しにRoom18に行ったら階段で会えた。なんだか顔をみた瞬間、ほんとにほっとした。よかったよかった。でも本人はいたって普通のようだけど。休み時間後、TOEICのリスニングテストをみんなでやる。でもCDプレイヤーが壊れていて、このMacを使って再生したもんだからボリュームが小さくって、みんなでMacのまわりにひっついて解答。思った通り、Macの正面に座ったひとと脇や後ろに座ったひとは得点が低い気がする。envyだ。
昼休みはデータをダウンロードしたいので、学食でカレーを買って、ホールで食べる。Seiyaがやってきて「デフォルトゲートウェイはなに?」といきなり聞くので驚いたけれど、Seiyaはかなりのコンピュータ博士で、ぼくはまったくわからないようなことをPCでカスタマイズしているみたい。Windowsなのに画面がMacライク。で、そのデフォルトゲートウェイがわかれば無線LANに気軽に繋がるらしいのだけれど、Macだからそれが見れないみたい。ちなみに自分のMacは問題なく繋がった。Masakoもやってきて、PCが動かないというので調べたら、ネットにつなぐためにPCがモデムを作動させているのがわかったからそのデータを削除。人助けがまたできた。
午後の授業は、きょうがラストのMaiを送るfarewell party。Maiが入ってくるときには、みんなでゲートを作って迎えた。HiroshiとMakoがコロニアルプラザでお菓子と飲み物を買ってきてくれて、みんなでわけながら話す。Ron先生はフィジーのおつまみを出してくれて、ちょっぴりカレー味でハーブも入っているのかおいしい。
放課後、Maiとアドレスを交換。その後、空港のFBIオフィスに向かう。Tomomiは自分のホームステイ先について「熱く語っていいですか?」と吉永さんに前置きをしていたので別室へ。自分はステイ先がスカイロッジになったという報告をした。カンタスやニュージーランド航空のオフィスを巡り、オーストラリアとニュージーランドのフライトスケジュールと価格を調べる。自分の英語が学校以外のひとに通じるのが気持ちよくなってきた。しかも「Perdon?」とか言われずに、スムースに話が進められるこの快感がたまらないので、要らないことまで話してしまう。パシフィック航空の事務所にも行き、トンガやサモアの時間も調べるが、正直安いわけではない。だいたいF$800くらいはする。もちろん往復。
ケータイをみんな持っていないので、待ち合わせは事前に必ずしなくてはいけない。Tomomiが日曜にホームステイの家族と一緒にいたくないというので学校に待ち合わせすることにした。小学生のころみたいで懐かしい。18:00から1週間で帰国するひとの夕食会に呼ばれていたけど17:15くらいで時間があったからNamakaマーケットでバスを降りる。マーケットではMaiさんに出会い、日本でインド料理をするための材料を購入していた。日本で売られていない材料もあるのできっちり探さないと。Maiはたぶんいい奥さんになると思う。久しぶりにみる、日本的でさらにまともな女性な気がする。
その後、向かいの生もの売り場に行くが、バナナ、キャッサバ、タロ芋、カバ用の根っこ、ハエのたかった蟹や鮮魚があった。一部にまわりとは違い、新しい、そしてキレイな店があったので入ろうとしたら、●●(名前を忘れた。デフォルトは関西弁だけど気遣って標準語を話してくれる女性。彼女は生まれつき頭がよさそうな感じがする)とその友達のフィジー人に会う。キレイなお店はホームセンターだった。ふと歩いていると南京錠を見つけたので、スカイロッジ用に1つ購入する。あったほうがよいものがふと見つかると、なんだか運がついているような気がする。店員さんにワイヤーも探してもらったがなかった。その後、またマーケットに戻るとうしろさんとSeiyaが歩いてきた。ネットカフェに行ったら日本人で満員だったそうだ。その代わりに入った近くのカフェはキレイだったと教えてもらった。2人とはその場でしばらく話して、滞在先変更のことやら現地人との相性など相談。さらに歩いて別のマーケットに入り、シリアルを固めたようなビスケットを購入。そこには昨日の晩、「テレビに出てるひとでしょ!」とか言われた●●(ああ、名前を忘れた。たくさんのひとに名前を教わるからわすれがち。ごめんなさい)とも会う。
歩きで今晩のパーティ先に行く途中、さっき会ったうしろさんとSeiyaがうしろさんのホームステイ先の庭にいたので混ぜてもらった。インド人のファミリーで、孫もいる。ホストのおじいちゃんの名前はアジャ。うしろさんやSeiyaはあまり英語ができないのか、それほど話していないみたいで、自分がアジャさんと話していると感心された。孫は5〜12歳くらい。特に12歳の子はいまニュージーランドに行っていて、休暇で戻ってきているらしい。かなり積極性があり、自己紹介やら握手の仕方も慣れている。真ん中の子は「ウェルカムカム♪」がはやっているようで、自分でいって爆笑をしていた。で、うしろさんを指さして「彼は日本語を知っているんだよ。なぜか知らないけど」と話したら笑ってくれた。5歳の子を除いてみんなでバスケットボールでサッカー。ボールがボールだから普通に重い。そして痛い。パスをまわしたり、ヘディングをしたり。ゴロで来るボールをヘディングしようとすると笑ってくれるので、子どもは世界中変わらないんだなあとうれしかった。一番下の子が赤い実を持ってきてくれた。名前は忘れたが、すももに似た感じ。そうそう、フィジーでは小学校から英語が必須。さらにフィジー語もヒンディー語もNGなので、みんな英語がまともにしゃべれる。あと、真ん中の子は、自分の部屋ナンバーを当てていて「ルーム3でしょ?」というのでびっくりした。聞いたら「まったくの勘」というが、一種のセンスだと思う。ハンディカムでサッカーの様子やみんなで集合写真を撮る(この映像もあとでアップ予定)。あとでニュージーランドとフィジーにDVDを送る約束をした。
19:20ごろ、歩きでMichikoさんの帰国パーティ会場へ。学校からすぐ近くの、高級住宅街っぽいところに行く。道には迷わなかったが、2軒あるうちのどちらなのかが迷った。片方からは日本語の声がしていたが、かなり大人数いるようでその陰も見える。ケータイを教えてもらっていたので、かけたがつながらない。さすがフィジー。そのうちに玄関先に出てきてくれた。もう1軒のほうだった。フィジー人の家庭は初めて。お父さんは軍人で、カイロやレバノンに駐留する多国籍軍に1年や2年いたことがある。日本には1時間だけトランジットで滞在しただけ。今年、もしかしたらイラクに行くかもしれないという。上官に指名されたら断れないので、行く覚悟はあると行っていた。でも何度もぼくからは「反対だ」と伝えておいたけれど、奥さんも「しょうがないのよ」といい、夫婦そろって覚悟決めている。そして軍人だけあって筋肉が盛り上がっていて、腕が平均的な日本人の太もも以上ある。必要な部分だけ筋肉がついているというよりも、抜け目なく筋肉をつけているので、キャンディのような両端が細い形ではなく、円筒に結構近いほどまんべんなく筋肉がついている。どうしたらこんな付き方ができるんだろ。Michikoさんが作ったチキンのホイル蒸しや白身魚のココナッツソースかけ、焼きなすをいただく。たくさんの留学生を受け入れているので、たくさんの日本人の名前が出てくる。午前1時にようやく毎日帰ってくる女性や、毎日泣いていたひとやら、悲惨な話もいろいろ話してくれた。日本人の友達がたくさんできて、とてもうれしいみたい。お父さんはひとの目の前にあるものをとるとき「チュロチュロ」と言う。そういえば、クラスのHiroshiもそんなことを言っていたので意味を聞いたら「Excuse me」だと。丁寧なひとだ。お母さんは2時間くらい電話で話していたようで、ぼくが食べ終わりそうなときにやっと電話を切る。相手はオーストラリアに住む妹さん。酒を毎日たくさん飲む中国人のご主人で問題がいっぱいらしい。でもお母さんは悩みに真剣につきあっていないみたいで、「それはあんたがいけないんでしょ」といつも言っているそうだ。お母さんは元教師。FBIの初代先生でもあり、始めて1年後に「先生か、ホームステイか、どっちがいい?」と言われてホームステイ先の家として登録した。元教師だけあって発音がキレイ。そしてゆっくりと優しく話してくれた。お腹もいっぱいになり、写真をみんなで撮って20:30ごろに出発。スカイロッジまでごくわずかの距離だけど、暗いので道を走った。
部屋に入ると大柄な、ひげもじゃのおじさんと目が合う。さっそくあいさつをしたら、そのまま30分くらい話し込んでしまった。彼はLondon出身。貿易関係の仕事をしていて毎日のように飛び回っている。今はバケーション。サモアからフィジー、ニュージーランド、オーストラリアを旅行するのだという。パスポートを見せてもらったらいろんな国のスタンプが押されていた。日本に行ったとき、「ありがとう」と「おりがみ」を習い、「『ありがと』というところを『おりがみ』というとみんな笑うんだよー」と言い、頭を下げる仕草を何回も何回もして楽しませてくれた。話している最中、左のくるぶしを蚊に刺され、「たぶんあんたが入ってきたときに一緒に来たんだな」という。彼はTATOOをしていて、左腕に「忠実仲父」の漢字4文字。「続けての意味は無くて、自分が大切にしているものだ」という。右腕には息子さん2人の名前。そして左のくるぶしには蚊のTATOO。さっき、蚊に刺されたのはひょっとしたら伏線か?「中国のひとをどう思う?」とか「北朝鮮は?」とか「六本木と入谷に行ったことがある。六本木はつまらない」とか言っていた。何度かたばこを吸いに外に出て行っていたが、そのたばこが手で巻いたようなアナログなたばこなので、Illegalな感じがする。ドミトリーのドア脇にはカードキーを差し込んでおかねばならず、Londonおじさんのカードが指してあるので、「俺のカードを指しっぱなしで出るから、戻ってきたらノックするから開けてくれ。」「何回?」と聞くと、「4回。いや、3回。いや、5回か2回かもしれない。いや、1回かな」という。「最後に『おりがみ』と必ず言うよ。言わなきゃ別人だ」と。このひとはいちいち楽しませてくれる。ワインボトルを一人でベッド脇で空け、眠さも来たみたいで先に寝てしまう。同じ部屋にはたぶん息子さんだと思う2人もいたが、一眼で撮った写真をアップロードできないので、レストランで電源を借りつつ、iPodに入れる作業をしていた。0時には就寝。Londonおじさんとはこの間、ずっとずっとしゃべっていた。久しぶりに横腹が筋肉痛になりそう。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://macromicro.s232.xrea.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1788

コメントする

アイテム

  • address.gif
  • 20090914-3.jpg
  • 20090914-2.jpg
  • 20090914-1.jpg
  • 20090913-5.jpg
  • 20090913-4.jpg
  • 20090913-3.jpg
  • 20090913-2.jpg
  • 20090913-1.jpg
  • 20090912-5.jpg

アーカイブ